年々厳しくなる従事者の事故・腰痛リスク。 生産性向上の前に労働安全性の重視を

全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議では、厚労省の労働基準局安全衛生部によるプレゼンも示されています。注目は、介護現場における近年の労働災害の発生率が、他産業と比較して著しく高まっている状況です。

介護現場等の労働災害発生率が際立っている

2025年度の課長会議資料によれば、介護施設等における労働災害の発生率(1000人に対する割合)は、2024年度で3.07。これは全産業の2.35と比較して0.72ポイント高い数字です。また、労働災害の発生が際立ちがちな製造業の2.68も上回っています。

こうした介護施設等の労働災害は、もともと高かったわけではありません。発生率の上昇が目立ち始めたのは2013年あたりからで、これは介護人材の有効求人倍率と平均年齢が右肩上がりを示した時期と符合します。

たとえば、2015年と2024年の比較では、介護施設等の労働災害の発生率は約1.5倍に急増しています。その間、介護分野の有効求人倍率は約2倍に。また、60歳以上の従事者割合は、2015年と2020年の比較で、1.2倍超(介護労働実態調査より)となっています。

では、介護現場における災害で、特に多いものは何でしょうか。目立つのは、転倒による骨折等と反復・無理な動作による腰痛等です。2024年に「休業4日以上」を要した件数では、前者で4,854件、後者で4,802件。全産業との発生率の比較では、前者で約1.7倍、後者では約2.8倍も高くなっています。

厚労省は安全確保のツールを示しているが

厚労省は、介護現場での労働災害を防ぐためのリーフレットやツール類を示しています。

転倒防止については、事業者および労働者向けに「転倒災害の原因と対策」を示したリーフレットを。特に、50代以上の女性に転倒による骨折が多い(全体の72%)ことから、そうした層を主な対象としたものもあります。

また、腰痛等の予防に関しては、「介護者の腰痛予防のための安全衛生活動チェックポイント」があります。腰痛予防に向けた介助方法や福祉用具の使用方法に関する安全衛生活動について、体制の構築や具体的な教育の実践が行われているかどうかを評価し、具体的な活動例も示しつつ、「現場としてどこから着手するか」などが示されています。

ちなみに、労働安全衛生法では、すべての事業者に対し、(常勤・非常勤問わず)労働者を雇用した際の安全衛生教育を行なうことを義務づけています。これは、労働者に新たな実務を行わせる際にも適用されます。上記のリーフレットやチェックリストなども、こうした教育機会の効果を高めるためのツールとして活かすことが求められます。

職員の業務負担軽減の規定は設けられたが…

もっとも、先の教育機会が労働安全衛生法で義務づけられているにもかかわらず、医療・福祉業での実施率は半分以下にとどまります。

介護保険サービスの運営基準では、利用者の安全確保や職員の業務負担軽減にかかる方策を検討する委員会の設置が義務づけられています(2024年度改定より。2027年3月末までの経過措置あり)。しかし、この規定は居宅系サービスには適用されていません。

また、「職員の業務負担軽減」と記されてはいるものの、腰痛や転倒の防止などを明確に規定するものではありません。どちらかといえば、生産性向上に向けた「業務の効率化」という点に主軸が置かれています。

労働災害防止を介護現場の大きな課題と位置づけるなら、「介護従事者の腰痛や転倒の防止などの安全衛生対策」について、運営基準上でもより明確な規定が必要になりそうです。

ちなみに、労働安全衛生法の改正により、60歳以上の高年齢労働者に対するリスクアセスメントなどが義務づけられました(2026年4月施行)。これを機に、(高年齢労働者にとどまらず)全介護従事者の安全衛生確保の強化が求められるところです。

従事者の安全確保ができてこその生産性

ここで考えたいのが、国が推し進める生産性向上についてです。その入口に「従事者の労働安全衛生の確保」を優先的に位置づける形で再編できないでしょうか。利用者の安全確保にしても、現場の業務効率化にしても、それは「従事者が安全・安心に働ける環境」が土台になってこそ成り立つものだからです。

たとえば、生産性向上推進体制加算においては、SRS-18等による従事者の心理的負担の評価や総業務時間等への変化の測定は要件になっています。しかし、従事者の(腰痛等の)身体的負担や(転倒リスク等の)安全面の評価は要件になっていません。このあたりに、「生産性向上」という言葉がなかなかしっくりなじまず、結果的に前向きな取組みを阻む要因の1つがあるのではないでしょうか。

今後、生産性向上に向けた規定や加算は、(ケアマネも含めて)居宅系サービスにも拡大していく可能性は高いでしょう。居宅系の場合、利用者宅という環境において、従事者にとっての労働安全衛生上のリスクが大きくなることもあります。また、移動中の事故リスクや、ケアマネ等の長時間デスクワークが腰痛等におよぼす影響も無視できません。

こうした労働安全衛生の考え方を、介護業務上の優先事項として位置づけること。強いて言うなら、労働生産性から労働安全性への転換が求められる時代ではないでしょうか。

◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)

昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。

立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『ここがポイント!ここが変わった! 改正介護保険早わかり【2024~26年度版】』(自由国民社)、 『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。