障害者の情報格差解消へ新法施行 ろうあ連盟・石野理事長「誰もが平等に情報を得られる社会に」

《 全日本ろうあ連盟・石野富志三郎理事長 》

「障害の有無に関わらず、誰でも必要な情報にアクセスできる社会になってほしい」。全日本ろうあ連盟の石野富志三郎理事長はこう力を込めて語る。【鈴木啓純】

今年5月、ある1つの法律が公布・施行された。障害者の情報利用、意思疎通などを円滑化する施策を展開して共生社会の実現を目指す「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」だ。

新法の概要はこちらの記事から

そこで、法律の制定まで12年間にわたって力を尽くし、ご自身もろう者である石野理事長を直撃。手話通訳者を通して、ろう者として生活する苦労や新法への期待、介護職へのメッセージなどを幅広く伺った。

◆ 長かった法律制定までの12年

  −− アクセシビリティ施策推進法が施行されました。今、石野理事長はどんな思いを抱いていますか?

《 全日本ろうあ連盟・石野富志三郎理事長 》

まず、この法律を制定することになった経緯を説明させてください。

2009年に政府の「障がい者制度改革推進会議」で、障害者福祉をめぐる様々な課題が提起されました。その1つとして、「障害者本人が求める言語やコミュニケーション手段を保障する法制度が必要」と指摘されたんです。

これを受けて、私たち全日本ろうあ連盟など6団体で構成する「聴覚障害者制度改革推進中央本部」はこの年から、意思疎通に不安を抱える人が社会とつながるための法律を創る活動を始めました。すると、2011年9月には116万3876筆の賛同の署名が全国から集まったんです。それらは政府や国会へ提出しました。

この年には東日本大震災が起こっており、被災地からも多くの署名が届いていました。中には津波にさらわれて亡くなった人のものもあったんです。彼らの思いのこもった署名を頂いていることを、決して忘れてはならないと感じました。そうした気持ちもあって粘り強く活動を続け、ここまでかなりの時間を要してしまいましたが、今年ようやく法律を成立させることができたんです。

  −− コミュニケーションが上手くできずに災害で亡くなる障害者は多いのでしょうか?

はい。東日本大震災でみると、障害者の死亡率は障害のない人の2倍となっています。私たちろう者は、手足が動くため問題なく逃げられると思われがちですが、実はそんなことないんです。例えば津波が迫っていても、音が聞こえないので目で見るまで分かりません。情報を得るのが遅れたために亡くなった方は多かったでしょう。あらゆる場面でそうですが、防災の観点でも情報アクセスは極めて重要なんです。

◆「当たり前のように気付き、改善される社会に」

  −− 耳がきこえる人はきこえない人、きこえにくい人の苦労が分かりにくいとも思います。どのような困難が日々の生活であるのですか?

山ほどあります。例えばですね、私は滋賀県に住んでいるのですが、近年、地方では無人駅が増えてきました。昔は有人の窓口が沢山あったのですが…。移動中に何かトラブルが起こることはよくありますよね。そうした時に、無人駅はインターホンで駅員とお話する形式になっていて、私はどうしようもなくなってしまうことがあるんです。

そうした苦労を話すときりがありません。もちろん助けてくれる人もいます。先日乗った電車が長い間停車した時に、私がスマホに文字を打ち込んで隣のお客さんに状況を尋ねると、その方は親切に教えてくれました。

更に「ありがとう」と手話をしてくれたんです。きこえる人がコミュニケーションを取る姿勢を見せてくれると、とてもうれしいですね。

−− この法律に期待する社会への影響を教えてください。

そうですね。情報弱者という意味では盲、ろう、会話障害などみな同じです。障害の有無に関係なく、皆が平等に情報へアクセスできる社会になって欲しいと思います。

例えば老人ホームです。誰もが歳を重ねれば、老人ホームに入る可能性がありますよね。私も老人ホームに行くことがあるのですが、入居者には加齢によりきこえにくい人もたくさんいらっしゃいます。どのテレビ番組にも、例外なく字幕がつけられていたら皆が助かるのではないでしょうか。

ある日、私が病院の待合室でテレビの字幕をつけました。すると隣にいた高齢の方から、手話言語通訳者を介して話しかけられたのですが、字幕を出せることを知らなかったそうです。テレビの音はきこえにくいけど、音量を上げるのは周囲の人に申し訳ないから我慢していた、と聞きました。

どこの老人ホームでも同じ状況があり得るのではないでしょうか。この法律の制定をきっかけとして、皆がそうしたことに気付き、当たり前のように改善していける社会になってほしいですね。

◆「ろう者との会話、尻込みしないで」

  −− 情報アクセスについて、介護や障害福祉の現場で働く職員の方々にメッセージはありますか?

《 全日本ろうあ連盟・石野富志三郎理事長 》

介護施設や病院などどんなサービスにも言えることですが、ろう者とのコミュニケーションに尻込みしないでほしいということ。手話言語ができなくてもいいので、相手の顔と目を見て話をして頂きたい。積極的に意思疎通を図る意識を持ってほしいと思います。

身振り・手振りや筆談で全く構いません。話す方法は色々あると思うので、それを考えて頂きたいですね。

ろう者に話しかけることには躊躇を感じるかもしれません。ですが、行動に移してもらえれば、それがろう者にとっては親しみを感じるきっかけになります。そして、この人は理解があるのかなという気持ちを大きくしていけるんです。そんなことが当たり前にできる社会になってほしいし、皆さんに心がけてもらいたいなと思っています。

あとは研修の充実でしょうか。カリキュラムの中に、「きこえないことについて」「どういったことで苦労しているか」「きこえない人がいる状況で起こりうること」などをもっと盛り込んで頂きたいと感じています。

  −− 耳がきこえにくい、きこえない人たちに伝えたいことはありますか?

とにかく自分の思いを発信してほしい、伝える努力をしてほしいと思います。きこえる人たちの顔色を窺うことはしなくていいので、ありのままで発信してください。そのための発信力を高めて頂きたいと思います。

その力が上がっていくと、ろう者の社会参加も広がっていくのではないでしょうか。ろう者のコミュニティの中だけでなく、きこえる人の中でも役割を持つということを更に目指していきたいと考えています。

◆ 遠慮なく共に生きられる社会を

  −− 全日本ろうあ連盟では、手話言語による豊かな文化を享受できる社会の実現に向けた「手話言語法」の制定を目指していますよね。その意義を改めて教えてください。

はい。手話言語は音声言語と対等な言語です。私たちは、1. 手話言語の獲得 2. 手話言語で学ぶ 3. 手話言語を習得する 4. 手話言語を使う 5. 手話言語を守る、という5つの基本的権利を保障することが必要と考えています。きこえない人、きこえにくい人がきこえる人と遠慮なく共に生きられる社会を目指しています。

今は全国的に手話言語条例が広まっており、都道府県数の7割を超える34都道府県で、また私たちにとって最も身近な市町村でも400を超える自治体で、既に手話言語条例が制定されました。ただ国の法律ではありませんので、我々は今後も成立を求めていきます。誰でも「気楽に参加」「楽しく論議」「平等に活動」「ビジョンを持てる」「理不尽な差別と闘える」社会の実現を、引き続き目指して活動していきます。

  −− ありがとうございました。