5月30日の社会保障審議会・介護保険部会で、内閣府の規制改革推進会議の答申(5月27日決定)の内容が示されました。その中に、「介護付き有料老人ホーム」等における人員配置基準の特例的な柔軟化があがっています。かねてから論点となっている緩和策です。
内閣府の「強い姿勢」が反映された案だが…
規制改革推進会議の答申にふれる前に、頭に入れておきたいポイントを1つ。今回の答申は、厚労省への改革推進にかかる強い姿勢が打ち出されていることです。
たとえば、医療・介護をめぐるさまざまな規制改革案の中に、「※」印がついている部分が見られます。これは何を意味するかといえば、厚労省が成案を出し、その決定を行なう前に「規制改革推進会議で議論を行なうことを予定している」というものです。
つまり、厚労省側の審議会で何らかの改革案が示されたとして、それを規制改革会議側に「いったん投げ返す」ことを要請していることになります。介護保険法の趣旨に照らして妥当なのかどうかという問題はありますが、いずれにしても、内閣府が厚労省案を厳しくチェックする流れは強まりそうです。
この点を頭に入れつつ、冒頭で述べた「介護付き有料老人ホーム(特定施設)等における人員配置基準の特例的な柔軟化」について、その実現の可能性や課題について考えます。
規制改革推進会議が求める3つのステップ
上記の改革について、規制改革推進会議の答申で求めているステップは3つ。
第1段階は、人員基準の特例に向けた実証事業の実施です。厚労省は介護現場の生産性向上の取組みに向けて、「見守り機器等を活用した夜間見守り」や「介護ロボットの活用」など4つのテーマでの実証事業を進めています。これにより、介護職員の働き方や職場環境がどのように改善したかを検証します。
第2段階は、上記の実証事業の検証をふまえ、一定の要件を満たすホーム等における「人員配置基準の特例的な柔軟化」の可否について、介護給付費分科会の意見を聞いたうえで、論点を整理するとしています。
制度の根幹を議論する介護保険部会ではなく、具体的な基準等を議論する介護給付費分科会が名指しされたことに注意が必要です。うがった見方をすれば、「柔軟化の意義」を掘り下げるより、「どのように柔軟化するか」という論点へ一足飛びに進めたいという意図がうかがえます。ここまでの取組みを、2022年度中をめどに行なうことが目指されています。
そして、第3段階としては、上記の論点整理をふまえ、結論が得られた時点で「速やかに必要な措置を講ずる」としています。目指されているのは2023年度。つまり、2024年度改定での実現をうながしているわけです。
「実現ありき」で突き進む中での大きな課題
こうして見ると、規制改革推進会議(内閣府)側としては、「実現ありき」で路線を一気に敷こうとしている感がうかがえます。しかも、先に述べたように「規制改革会議へのフィードバック」を求めるわけですから、実現に向けて厚労省側の議論を逐一コントロールしていくという裏打ちもなされています。
厚労省としても、有料老人ホームなど高齢者向けの住まいの拡充を主要テーマと位置づけています。規制改革会議が名指しする「特定施設」の人員基準の柔軟化と思惑が合致しやすい部分はあるわけで、総じて実現可能性は高いと考えた方がいいかもしれません。
ただし、大きな課題があります。その1つが、現場における事故・トラブルの発生との兼ね合いです。ICTや(センサー等の)ロボット、介護助手の活用等は、「事故等の発生確率を下げる」という目的も含まれてはいるでしょう。しかし、人間の行動・判断が絡む中で発生確率をゼロにすることはできません。
注意すべきは、利用者や家族にとって、「ハイテク等の活用で事故発生を抑える期待が高まる」というコンセンサスがどこまで取れるかということです。人員配置の柔軟化を選択したとして、むしろ「本当に大丈夫なのか。ハイテク等の導入に見合う話なのか」という不安が高まる可能性もあるでしょう。
1つ間違えれば、現場への責任追及が過大に
そうした猜疑心が払拭できないまま、仮に事故が起こった場合、施設等の「柔軟化の選択」を問題視する動きが高まることが考えられます。国が一律の基準緩和を図るというのならまだしも、「柔軟化」が施設等の主体的な選択になるとすれば、責任の所在は「国」ではなく、選択をした「施設等」へと直接的に向かいやすくなるからです。
国は2021年度改定で、介護保険施設のリスクマネジメントの強化(未実施減算の創設など)を図り、一部の配置要件緩和に際しての安全体制の確保要件を設けました。
これらは、「現場がやるべきことをやっているか」という評価基準を明確にしたことになります。つまり、責任の所在というボールは現場側に投げられている──という社会的な認識が生じやすくなったというわけです。
この点を軽く見て、国の柔軟化策に安易に乗ってしまうと、現場は大きな混乱に巻き込まれかねません。国としても、「介護事故に際して現場がどこまで法的責任を負うのか」など、一時期議論されたテーマなどをしっかり掘り下げることが必要でしょう。こうした課題を放置すれば、かえって従事者の不安を高め、介護現場にますます人が集まらなくなるという悪循環を生じさせる恐れがあります。
◆著者プロフィール 田中 元(たなか はじめ)
昭和37 年群馬県出身。介護福祉ジャーナリスト。
立教大学法学部卒業後、出版社勤務。雑誌・書籍の編集業務を経てフリーに。高齢者の自立・ 介護等をテーマとした取材・執筆・編集活動をおこなっている。著書に『介護事故完全防止マニュアル』 (ぱる出版)、『ホームヘルパーの資格の取り方2級』 (ぱる出版)、『熟年世代からの元気になる「食生活」の本』 (監修/成田和子、旭屋出版) など。おもに介護保険改正、介護報酬改定などの複雑な制度をわかりやすく噛み砕いた解説記事を提供中。